日本の循環器診療、循環器研究のあり方を変える。
~日本循環器学会代表理事を終えて 第2回


小室 一成先生 インタビュー

22016年7月から2020年6月までの2期4年間、日本循環器学会の代表理事として同学会を率いてこられた小室一成氏。80年以上の歴史がある日本循環器学会において代表を2期務めたのは2人しかいない中で、小室氏は多くの改革を成し遂げられた。またこの間、循環器領域において最大のトピックスは、「循環器病対策基本法」の成立・施行。新法の成立にも奔走、尽力された小室氏に、これからの心臓病医療をテーマにお話を伺った。

第2回は、日本循環器学会の改革、そして懸案であった「循環器病対策基本法」成立に向けた活動について。

(聞き手:21世紀メディカル研究所 主席研究員・阪田英也 構成:同 研究員・柏木 健)

 

小室 一成(こむろ いっせい)氏
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
1957年生まれ。1982年 東京大学医学部医学科卒業。1984年 東京大学医学部附属病院第三内科医員。1989年 ハーバード大学医学部留学。1993年 東京大学医学部第三内科助手。1998年 同大学医学部循環器内科講師。2001 年 千葉大学大学院医学研究院循環器内科学教授。2006 ~2008 年 千葉大学医学部附属病院副病院長。2009 年 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授。2012 年より現職
●主な学会活動
日本循環器学会理事 日本医学会連合理事 アジア太平洋循環器学会副理事長 日本心臓病学会理事 日本心不全学会理事日本臨床分子医学会理事 日本心血管内分泌代謝学会理事 国際心臓研究学会理事 日本心臓財団理事ほか

 

――循環器診療、循環器研究を変えることを目的に、日本循環器学会の代表理事になられたとお聞きしました。4年間、同学会を率いて来られる中で目標とされたことはどのようなことですか。

小室:これまでの日本循環器学会は、循環器病を克服するために「専門医の育成」を中心に活動してきました。従って主に医師からなる学会の正会員を中心に、毎年開催される学術集会、学術誌の発行、専門医の認定など、正会員だけのコミュニケーションの中で多くのことが行われてきました。しかしそれでは超高齢社会となり心不全を始めとした循環器病患者が急増している現在の状況に十分な対応ができないと思いました。

私は学会をもっとオープンにしてチーム医療を共に実践する医師以外のメディカルスタッフとも一緒に学ぶべきであり、また我々自身が学会の中にこもるのではなく、もっと患者さんや一般市民のところに出て行くべきではないかと思いました。つまり学会としてパラダイムシフトが必要であると考えました。

そのようなことを考えるようになった一つの理由は疾病構造の変化です。今まで循環器疾患というと急性心筋梗塞に代表されるように、高度な治療技術を必要とする急性疾患が中心でしたので学会としても専門医の育成を中心に行ってきました。その結果、急性心筋梗塞による院内死亡率は低下しましたので、学会の方向性は正しく、戦略は功を奏したといえます。しかし超高齢社会となって心不全の重要性が増してきました。心不全の患者数、死亡者数は、心筋梗塞のそれらの約4倍であり現在も増え続けています。

心不全診療の特徴は、急性期治療ももちろん重要なのですが、それと同じくらい回復期、慢性期の治療が重要です。慢性心不全患者は急性増悪を何度も起こし、入退院を繰り返すたびに悪化し、最終的には命を落とします。専門医だけの努力ではこの急性増悪を防ぐことは不可能であり、かかりつけ医や看護師、保健師、薬剤師、理学療法士など多くの職種の人による日常生活の管理が重要となってきます。また生活管理において一番重要なのは患者本人ですので、患者が心不全についてよく理解しないといけません。

循環器病はがんと並ぶ2大疾患ですが、がんと異なるのは、かんと比べて循環器病は環境因子の関与が強いので予防ができるということです。あらゆる循環器病の終末像といわれる心不全の場合は特に予防のチャンスが多いことになります。良い生活習慣を身につけて、高血圧、糖尿病などの生活習慣病にならないようにする予防、生活習慣病から心臓病にならない予防、心臓病から心不全にならない予防、さらに一回心不全になった人でも急性増悪を繰り返さない予防といったように、なんと4回も予防のチャンスがあるのです。

予防をする主役は患者さんであり、国民なので、「循環器病にならない」「循環器病で死なない」ためには患者さんや国民に循環器病についてよく理解してもらい、予防していただかないといけません。つまり「循環病の克服」という学会の大きな目標を考えると、治療と同じぐらい予防が重要であり、そのためには一般国民への啓発が重要だと考えたわけです。

私は2019年、第83回の日本循環器学会学術集会をさせていただいたのですが、医師以外の多くの職種の人にご参加いただき、また患者さんにも講演していただきました。医師以外のメディカルスタッフや患者さんの声を聞くことによって、我々が行っているチーム医療に問題はないのか、患者さんは我々に何を望んでいるのかなどを知ることができてよかったと思います。

また会場のパシフィコ横浜に向かう途中の広場に、循環器病を説明するパネルや心臓カテーテルの練習用の人形を置き、さらには心臓マッサージの講習会を開催して、一般市民に循環器病や循環器治療について触れてもらいました。こうした活動は「循環器病の克服」という学会の目標に合致するものであり、学会の活動としても必要だと思っています。学会員ももっと「町へ出ていく」ことが重要だと思います。

――お話のように、学会改革に腐心されている中で、「循環器病対策基本法」、正式名称は「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」が、2018年12月10日にまさに滑り込みセーフで成立しました。疾患別の医療基本法としては、「がん対策基本法」に次ぐ2番目の基本法です。小室先生はこの新法成立に向けて奔走されたと伺っています。

小室:「基本法」の話は日本循環器学会の中で数年前から出ていました。私は以前から「日本循環器学会をもっと活性化したい」と考えていましたが、学会の理事の中に同様な考えの人がおり、「そのためには何が必要か」と議論している内に、「法律が制定されたことで、治療、研究、登録が大きく飛躍したがん分野に見習う必要がある」との結論に至りました。そこで、循環器病の法律をつくるにはどうしたらいいのかという調査をしたところ、日本脳卒中協会の活動を知りました。

日本脳卒中協会は10年以上前から立法化の活動をしており、2014年の通常国会に「脳卒中対策基本法案」を提出しました。しかし「一疾患一基本法は問題である」と反対する議員もいる中で、衆議院が解散になり廃案になってしまいました。日本脳卒中協会としては1度廃案になったものをそのまま出すこともできないので困っていました。そこで循環器病と脳卒中は急性の血管疾患として共通点も多いことから、循環器学会から「一緒にやりませんか」という声を掛けさせていただきました。しかするとそれよりもひどい状況であり、循環器医療では二流国、三流国になったといわれても致し方ないと思います。

――日本脳卒中協会の方々も日本循環器学会が協力を申し出たことで、大きな力添えとなった訳ですね。

小室:当時日本循環器学会の代表理事であった小川久雄先生(国立循環器病研究センター理事長)と一緒に日本脳卒中協会の方々とお会いし一緒に活動することになったのですが、法律を作るということは想像を超えて大変なことでした。脳卒中協会の先生方は循環器学会が一緒に活動することに賛成でしたが、一部の団体は循環器病の種類があまりにも多いために脳卒中の存在が小さくなってしまうという理由で反対されました。また、国会議員の中には、「疾患ごとに基本法をつくっていてはきりがなく医療費も膨大になる」「基本法がなくても活動はできるはずである」などと「絶対反対」の論陣を張る人たちも存在したのです。

まず脳卒中の存在が小さくなってしまうという理由で反対された方々にはその団体に関係する議員や脳卒中協会の方から熱心に説明をしていただき、我々循環器学会としても、脳卒中側の希望を極力尊重するように心がけました。また反対されていた議員にも会って説明をさせていただきました。「死因2位の循環器疾患の中には、5疾病の一つである心筋梗塞を始め、心不全、不整脈、大動脈疾患など多くの疾患があり一疾患ではないこと」、「全国的な登録や啓発・広報を行うには法律が必要であること」「法律ができ研究が推進されれば治療法の開発が進むこと」などを申し上げました。その後も医師会や学会の先生方からのご支援のもと、多くの国会議員への説明とお願いを繰り返したところ、数名の議員以外からは概ねご賛同をいただいたのですが成立させようという機運は今一つ盛り上がりませんでした。

基本法は、議員立法での成立を目指したので、成立させるためには全党の賛成が必要であり、そのためには、各党の厚労関係者を始め主要な議員の賛成が必要です。そこで脳卒中協会からは主に理事長の峰松一夫先生、前理事長の山口武典先生、専務理事の中山博文先生、循環器学会では基本法対策委員会委員長の磯部光章先生と私が、関係する国会議員に説明にあがりお願いをして回りました。多くの議員は反対こそされないのですが成立に関しては悲観的でしたので、毎回議員会館を出るときには、「また頑張りましょう」といっては皆暗い顔で分かれていました。ですから代表理事の1期目が終わった時点では基本法の成立はとうてい無理だと思っていました。

――日本脳卒中協会と日本循環器学会が協働したからといって、新法を成立させることは一朝一夕には出来ない。日本循環器学会の代表理事の一期目が終わる段階では「循環器病対策基本法」の成立は困難と考えられていたのですね。

小室:そうです。いまから4年前のことですが、当時日本脳卒中協会理事長であった山口武典先生と日本心臓財団理事長の矢﨑義雄先生のお二人に「脳卒中・循環器病対策基本法の成立を求める会」の代表になっていただき、2017年4月に参議院議員会館で100名を超える議員を集めて基本法への賛同のお願いをしました。多くの議員が「この法案は重要なので是非成立させましょう」と言ってくださったのですが具体的にはほとんど進みませんでした。

法律を成立させることは本当に難しいと思いましたが、2年間活動したことによって、多くの国会議員の先生方とも知り合いになり、成立させるためには何が必要か少し分かってきていました。そこでさらに2年間活動しても法律が通るか否かはわからないが、ここで私が活動をやめたら法律が通る確率はさらに低くなるのではないかと思い、異例ではありましたが代表理事の2期目をさせていただきました。

――日本循環器学会の代表理事2期目に入られてからは風向きが変わってきましたか。

小室:その後はすごく幸運なことが続きました。度重なる説明とそれまでの活動を理解いただけたのか、反対していた団体による反対活動がだんだん和らいできました。また、反対していた国会議員の方は党や役職が変わり、強硬には反対されなくなっていきました。

2018年11月第2回の「基本法の成立を求める会」を開催したところ、全ての党から賛成を得ることができました。これでやっと少しは前に進むと思ったのですがそう簡単ではありませんでした。会の終了時に基本法をつくる上で中心であった国会議員の先生が、全党から賛同をいただいたが、現在成立を待っている議員立法はすでに30本以上あるので、今回の臨時国会における本法律の成立は無理でしょうとおっしゃったのです。

――それが一昨年、2018年の11月ぐらいですか。その後、小室先生はどのように動かれたのですか。

小室:やっと全党から賛成を得たのでこれで法案は成立するかもしれないと思ったところが、「今回は無理」と言われたので非常に落胆しました。2019年の通常国会には対立法案の上程が予定されているので基本法が審議される可能性はさらに低いので、この臨時国会を逃しては基本法の成立は永遠に不可能だと思いました。そこで皆さんが帰った後でその先生に、「今国会で通す方法は全くないのでしょうか」と伺うと、その方は「もう我々の力では無理だ。あとは国会に任されている」とおっしゃったのです。そこで急いで国会対策委員の先生方にお願いに行くことにしました。

まずは自民党の国会対策委員長に会う必要があると思いました。しかし国会の会期中であったので会ってくださるかわかりません。そこでその委員長の地元の医師会や関係する多くの人に連絡し、委員長が我々に会ってくださるようにお願いしました。必死の活動を続ける中で、自民党の国会対策委員長も臨時国会中にわざわざ会議場から出てきて話を聞いてくれました。そして彼はその場で「何とかしましょう」と言って下さったのです。

約3年間、法案の成立のために国会議員や医師会の先生、厚労省の関係者など、大変多くの方と面談をしました。皆さん大変お忙しい方ばかりなので面談の日時は突然決まります。そのたびに、国内外の学会を含めて多くの予定をキャンセルしては面談に伺いました。12月3日、もうこれ以上できることはないだろうと思い、循環器学会の代表理事として世界循環器学会招致のためにドバイの学会に出かけました。

世界循環器学会の招致に成功し、帰国する12月7日の早朝4時に日本から電話がかかってきました。ある党の代表の方から「小室先生、法案は通りますよ。今日の参院の委員会にかかることになったので午後の本会議で通ります。おめでとうございます」と言われ、最初は寝ぼけていたのですが、急に目が覚めてうれしさがこみ上げてきました。法案は7日の参議院委員会、本会議を通り、翌週月曜日12月10日臨時国会の最終日に衆議院本会議で可決、成立しました。

第2回終わり。第3回に続く

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