第4回:クスリの科学(1)クスリとは何か

1800年代

さすがに「クスリの無い時代」を紀元前までさかのぼるというのはいささか話が大きすぎたかもしれない。もう1つの、クスリ第1号の候補を考えてみると、現代における主だった医薬品がそうであるように、「自然界には存在しておらず、人間が作り出したもの」としての合成化合物に限定した中から考えるという立場もあるだろう。

その視点でいうならば今度は随分と最近のお話ということになり、どうやらそれは抱水(ほうすい)クロラール、時代は1832年である。化学者であるドイツのリービッヒ博士が合成した、自然界には存在していなかったこの化合物について博士自身はまさかクスリとして利用されようなどとは思っていなかったという。

抱水クロラールは塩基と反応して簡単に睡眠作用のあるクロロホルムを生成することから、1850年代には手術の際に患者さんを眠らせる目的で処方されていたとのことである。クロロホルムもまた、現代では犯罪に使われてしまう方で有名であり、然るにクスリの第1号候補らはそれぞれスネに傷をもつ、敬意を持って表しづらいものばかりと言えなくも無い。

人類登場前

クスリというものをもっと広義にとらえてみたとき、タイムマシンで降り立つべき時代はむしろ人類登場の前という見方もあろう。我々が活動のエネルギーとして主に口から摂取する「食べ物」というのは必ずしもクスリと明確な線引きが出来るものでもない。食べ物に含まれる栄養成分の研究はれっきとした疫学分野でもあって、例えばちょっとショッキングな研究結果には「白米は身体に良くない」などもあるのだが、主に食事によって摂取されるビタミンやミネラルなどはその成分だけを取り出せば「クスリ」と何ら区別出来るものでもない。

また、その効果を研究によって示せれば、「食べ物」ではあっても特定保険用食品(トクホ)、栄養機能食品、健康食品など、国からお墨付きを貰えることもある。こうしたラベルが付けば「医薬品」では無いものの「食べ物+クスリ」という色合いも濃くなるし、必ずしもお墨付きを貰えなくても勝手に(?)薬膳料理と名乗る料理もある。

更に、規制サイドとしても食べ物とクスリをさほど切り分けていない国もある。アメリカでは医薬品を認可する行政組織はFDAであるが、これはFood and Drug Administrationの略称であり、つまり食べ物(Food)とクスリ(Drug)のどちらも管轄している機関である。

すなわち、人類が地球上に降り立ったその日から恐らく「食べ物」は身体の中に入れていたであろうことから、医食同源の立場にたてばクスリの無い時代とは人類のいない時代という立場もあろう、という話である。これは見方を変えるならば「クスリの歴史は人類の歴史」と言えそうなのだが、製薬企業の社員がこう語ったのではいかにもポジショントークが過ぎようか。

今回はクスリの始まりについて時代を往来しながら概観を試みたところであったが、そこに登場したクスリの”大先輩“たちは思いがけず光よりも影の部分が際立ってしまうものばかりになってしまった。もちろん、私はクスリ否定論者ではなく、それどころか現代人の寿命を大きく引き延ばした主因子であると確信さえしている。クスリの「光」の部分については次回以降で取り上げたいと思う。

さて、引っ越してきた新居から歩いて5分以内にコンビニなら7~8店、大手チェーンのドラッグストアなら2店舗ある。東京の街は便利だ。思えば「ドラッグストア」の「ドラッグ」は例の「ドラッグを扱っている」お店では決してない。それどころか「クスリ以外もたくさん売っている」意味合いが含まれる。「ドラッグ」だと違法性のあるクスリなのに「ドラッグストア」だと違法性は消失し、いわゆる薬局とまた違う。何ともややこしい。

(了)