第4回:クスリの科学(1)クスリとは何か

500年前

まずは今から500年ほど前の日本に降り立ってみよう。時代劇や大河ドラマなどを見ていると、そこに出てくる「医者」なる職業の人が用いるクスリというのは大抵、黒くて球形をしている。あれは一体何なのだろう。そしてどのような効き目、薬効があるというのだろう。江戸時代あるいはそれ以前に現代でいうところの「医薬品」と呼称しても良さそうなクスリなど、その存在は期待出来そうになく、そうだとすればいかに当時の名医とはいえ、その名医が診たとあっては残念ながらその患者さんは死期が近いということとおよそ同値であったことだろう。

恐らく黒い”丸薬”は気休め程度にしかならない。これをクスリとしてよいかどうかが怪しいとすれば、これを処方する行為自体が今で言う医療行為と言えるかどうかすら定かではなく、その処方をする「医者」は医者と言えるかどうかもわからない。とはいえ現代においても残念ながら「その患者さんには処方されたクスリが全く効かない」うえに「副作用が発生」することはそれなりにある。であれば結果的に効かないクスリを処方する行為が医療行為ではないとするのは条件が厳しすぎるということにもなるだろうか。

さて、クスリはご存じの通り草かんむりに「楽」の文字が合流して「薬」である。その意味において当時、仮に「クスリは何から作られるか」と問うたならば、プロトタイプ(代表的事例)は植物由来であったことであろう。もちろん、「熊の胃」「ガマの油」などもあって、洋の東西を問わず科学が進展していない時代におけるクスリとはその効き目が保証されていないどころか、毒性しかない、甚だ怪しい代物も混ざっていたようではある。

それでもなおこの時代においては「クスリは存在していた」とする方が妥当にも思えてくるのは、どうやらクスリとは「自分には効果があるかどうか確実性は無いし、副作用の危険性もある」ものであって、「何から作られているか一般には理解されておらず、信用出来る人物(医師ら)から提供されなければ決して身体の中には入れたいと思えない怪しい物質」といったところにその本質があるからなのかもしれない。

紀元前

ということで、500年ほど前には既にクスリのようなものはあったと、ここでは結論づけておこう。確実にクスリの無かった時代にタイムマシンで降り立つには「最初のクスリは何か」をまず考えないといけない。さてそれは一体何か。その問いに対して相応に合意が得られるとしたら、残念ながら悪名高きアヘンのように思えてくる。アヘンはケシから採取されるものであるが、医学の父と呼ばれる古代ギリシャのヒポクラテスもまたクスリの原料として良くケシに言及したといわれている。

とは言っても、ケシ全般からアヘンが採取できるというわけではなく、アヘンが採取できるケシの種類はごく一部に限られるらしい。この辺りの事情はその栽培が禁止されている現代にあって私も詳しく無いのだが(詳しいとしたら怪しい?)、19世紀のイギリスでは特にケシの栽培に制限があったわけでもなく、タバコよりも広く普及していたという。

思えばそのタバコも今では趣向品に分類されるが、アヘンが気持ちを落ち着かせる目的でも利用されていたことからすれば恐らく当時の認識として、アヘンとタバコ、クスリと趣向品との境界線は犬とオオカミ同様にさほど明確でもなく、クスリの一種であるという主張もできそうだ。加えて、より広くクスリを広義でとらえるのであれば、同様に植物から採取されるという意味で緑茶や紅茶も然りである。ということで、タイムマシンで降り立つべき時代というのはアヘンやタバコ、お茶が登場するその前、紀元前、それも古代ギリシャ時代よりも前というのが正解かもしれない。

さて、アヘンの悪名が高いのは有名なアヘン戦争によるところも大きいだろう。この戦争は、中国国内で禁止していたアヘンについてイギリスが問答無用に輸出販売を繰り返したことを契機としたものである。であるが故に正義は中国側にあるように思われるのだが、結果としては軍事技術で圧倒していたイギリスが勝利し、以降はより多くの中国人に不幸がもたらされたと伝えられている。

皮肉にもアヘンの代表的な効用は多幸感であって、この性質が転じて痛み止めや精神疾患等々、当時は万病に効くものと認知されており、またその依存性や処方量が増えれば死に至ることなどもかなり早くに知られていたという。その後、アヘンは多くの成分が複雑に混じり合ったものであることが確認され、中でもその主成分としてアルカロイドなる化合物種が特定されたことから、今度はアヘンからこの成分が抽出され、モルヒネ、コデイン、コカインといった、いよいよ現代人の私たちにとってもクスリらしいものが商品化されていったのである。

中でもアセチル化したモルヒネがこれまた悪名高いヘロインであって、要するにこうした“薬効群”にはどうしても依存性という副作用がつきまとうため、本来ならばパイオニアとして敬意を表したいところのアルカロイドが現代では“毒”にカテゴライズされているのは皮肉である。ただ、不思議とこれらを「ポイズン(毒)」と呼称することはなく、日本では何故だか「ドラッグ」と呼称され、その依存症は「ドラッグ中毒」である。医薬品も英語ではDrugであるが、日本では「クスリ」といえば医薬品、「ドラッグ」といえば何故だか医薬品ではない。サーモンと鮭、ツナとマグロ、ドラッグとクスリ。日本語表記と英語表記とで意味合いが違ってしまう。不思議である。