第3回:ワクチン接種の科学


乳幼児へのワクチン接種
小さいお子さんのいる家庭であれば乳幼児への種々のワクチン接種は切実なお話であろう。産まれて2ヶ月ほどになると定期接種+オプションの形で色々な説明書が配布される。2回、3回と接種しなければならないワクチンもあるので、親御さんとしては接種のスケジュール化が結構、大変である。定期接種というのは大げさにいえば“国家的プロジェクト”であって、これは当人およびその保護者の勝手な判断で「接種しません」という訳にはいかない。何故ならば感染症というものは社会的な課題であって、当人が努力義務を怠って感染したとなれば周囲も脅威にさらされることになり、その社会的責任が問われるからである。
故に定期接種は予防接種法、という法律で規定されている*1

予防の対象となる疾病は定期接種の対象となるものを「A類疾病」、その他、オプション(任意接種)として接種を検討するものを「B類疾病」と区分けしており、A類疾病にはジフテリア、百日せき、急性灰白髄炎、麻疹、風疹、日本脳炎、破傷風、結核、Hib感染症、肺炎球菌感染症(小児が掛かるもの)、ヒトパピローマウィルス感染症が含まれる。

インフルエンザワクチン
国内におけるインフルエンザワクチンの接種は相応の“市民権”を得たといってよいだろう。私の勤務先でも接種が推奨されている。それどころか今年は人気沸騰(?)の様子で、供給量が追いつかず誰をその投与の優先とすべきか、という国家的な議論がされている。毎年秋口になるとインフルエンザワクチンの接種推奨が報道され始め、いわば風物詩のようになった感もあるのだが、実はインフルエンザワクチンというのは毎年、その中身が変わっているのをご存じだろうか。

インフルエンザウィルスには大きくA型H1N1、A型H3N2、B型山形系統、B型宇ビクトリア系統の4種があるのだが、「今年はこれが流行しそうだ」という株をこれら4種それぞれの中から代表選手として見つくろい混合する。故にその読みがズバリであれば社会的にみても流行を抑えることに大いに貢献することになろうが、逆に外れてしまえばワクチン接種者であってもインフルエンザに罹患する人が増え、流行制御には十分な貢献が出来なくなる、という理屈になる。配合の読み次第、である。

MMRワクチン
ワクチンへの希望の光に対する影と言ってよいかどうかはわからないが、病原体やその一部から病原性を弱めたり毒性を不活性化したりすることで作られる以上、どうしても毒性の問題を完全に消し去ることは出来ない。MMRワクチンは、麻疹(Measles)、おたふく風邪(Mumps)、風疹(Rubella)の予防ワクチンを3種類混合したもので、新三種混合ワクチン*2と言った方が通りがよいかもしれない。当初国内では定期接種として採用されていたのであるが、無菌性髄膜炎が多く発生したため現在では日本産のワクチンは世の中に存在していない。無菌性髄膜炎の自然発生率は数十万人に1人程度であるのに対して、MMRワクチンを接種した乳幼児のうち1200人に1人程度が発生したという。

具体的な数字として、日本薬学会のサイトでは「接種を受けた乳幼児は全国で183万1072人。厚労省によると、健康被害の救済認定を受けたのは1040人、うち3人が死亡している。(2007.1.22掲載)(2014.7.更新)」と記載されている*3。一方、海外事情は日本と異なりMMRワクチンの接種は広く当たり前に行われているようである。とある学会で伺った話では実は他国でも当初、無菌性髄膜炎のリスクが問題になったことがあったらしいのだが、以降、製法の変更などがなされこの問題が解消したという。因みにこのMMRワクチンが現在流行中の新型コロナウィルスの予防に有効ではないかという仮説もインターネット上で見つかるのだが、現時点では想像の域を出ていない。

HPVワクチン
HPVワクチンに全く触れないわけにはいかないのだろう(気が重い)。子宮頸がんの発症の95%以上はヒトパピローマウィルス(HPV)に由来するのだが*4、このウィルスは誰でも生涯に一度は感染するようなありふれたウィルスである。それが長い時間を経てごくわずかな確率で発がんする人が出てくる。HPVワクチンはこの発症を抑制するものであるが、ワクチン接種後に様々な症状が報告されたため、日本では現在、その推奨は取り消されている。現在でも裁判中の案件であり、個人的な見解を述べることは差し控えるが、事実ベースとして両論を併記する意義は相応にあろうかと思う。主だった点を列挙してみよう。

(1) 複数の副作用被害を訴える声がある。HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団による「HPVワクチン薬害訴訟 原告の声」なる文書が現在、公開されている*5
(2) 日本産科婦人科学会はHPVワクチン接種の積極的推奨の再開を国に対して強く求める声明を複数回にわたり発表している*4
(3) 大阪大学の研究によれば、「HPVワクチン接種率の激減により将来の罹患者の増加は合計約17,000人、死亡者の増加は合計4,000人である可能性が示唆された」(2020年10月21日)*6

推奨取り消しの状況にあって国内での接種状況はわずか5%に留まるという。先進国の中で日本だけが唯一、今後も子宮頸がんの罹患率が上昇するとみられており、こうした事態を憂いている。朗報として、7月に従来よりも広い範囲のウィルスに有効なワクチン(9価HPVワクチン)が承認されたのであるが、状況が改善されることを祈るばかりである。