第1回:プロローグ~コロナ禍の中で~

では果たして国内におけるその疫学専門家なる人たちが真にその感染拡大の防止と、社会・経済活動との折り合いについて合理的な意思決定をしていたのかという点については一旦保留し、広く世界的にみてもっとも疫学専門家の意見が反映された対策をとった国はどこだろうかといえば、これはスウェーデンであろうということに異論のある人は少ないと思われる。

その意味において私はスウェーデンが具体的にとった対策についてということではなく、国家として疫学専門家の発言が尊重され、しかも政策として実施されたという点において、日本にとっても大変学ぶべきことが多いと考えている。

具体的な政策を簡単にいえば他国のように都市封鎖(ロックダウン)をしていないということが知られているのだが、この点だけについていえば、例えば新型コロナなど風邪に過ぎぬと大統領が発言したブラジルもそうであるし、市民活動の緩さということでいうならば日本はスウェーデンよりもさらに緩い政策であったとみる向きもある。

 その意味で学ぶべきは具体的政策そのものではない。何より重要なのは国民に対してどのような目的で新型コロナに対峙するのかを明確にしたうえで、その目的に沿った合理的な政策を打ち出したというプロセスの点にある。今や時の人となったスウェーデンの疫学専門家、テグネル博士(Nils Anders Tegnell)は新型コロナ対策の目標を(社会活動・経済活動をどうにか維持しながらの)緩やかな流行、要するに医療機関が崩壊しないレベルの維持としている。

この点についていえば特に日本の政策と大きな違いが無いようにも思えるのだが、当時はヨーロッパ諸国の多くが都市封鎖策をとったこともあり、国内外から「壮大な社会実験」と皮肉られもしている。しかしながら博士は今でも一貫して都市封鎖策には強硬に反対している。その証拠に、というわけでもないのだが、極端な移動制限による家庭内暴力、孤独、大量の失業者発生リスクを踏まえた上で「まるで世界が狂ってしまったかのようだ」とラジオ番組で発言したそうである(*1)。参考までにスウェーデン公衆衛生局のサイトで記載のある、具体的にスウェーデンがとった政策を紹介しよう(*2)。

  • 伝染病法の改正に集会やショッピングセンター等の一時的閉鎖権限等を追加
  • お互いに距離を保ち、不要不急でない旅行を控えることに責任を持つこと
  • 薬局では3ヶ月を超える医薬品を売らないこと
  • 全ての高齢者介護施設への訪問原則禁止
  • 感染者識別検査および免疫獲得確認検査の実施
  • 50人以上の集会・イベントの開催禁止(違反者は罰金または懲役の可能性)
  • レストラン等、食事の際のテーブル配置、飲食時は着席のこと

恐らく、これでもまだ「この一体、どこがスウェーデンはすごいの?」と疑問を持たれた方もいらっしゃると思われる。プロセスの秀逸については遠く離れた日本にいたところではなかなか計り知ることが出来そうにないのだが、たまたまネット上で見つけたスウェーデン在住で翻訳家・教師として働かれている日本人の方による寄稿を見つけることが出来たのでこれが何よりリアリティーのある参考情報になりそうである (*3)。

曰く、何故に各国が都市封鎖に踏み切る中で学校を休校することもせず、徹底して注意喚起で乗り切ることを国民に承知してもらうためにとった政策や勘所が整理されている。

  • 情報の透明性:毎日定時での省庁合同記者会見と充実した質疑応答の時間
  • 科学的根拠:はぐらかすことはせず即答出来ないものは折り返して回答
  • 失敗を認める:わからないことはわからないと言い、安易な推測をしない
  • ファクトチェック(正しい情報を見極める)態度が徹底されている国民性

さて、言うは易しである。疫学専門の視点に則った意思決定を、仮に他国とは全く異なるアプローチをとった場合、日本では何が起きるだろうか。仮にテグネル博士が日本に在籍していたとして、政策を厳しくしても緩めても、今の日本における国民全体の科学的視点の欠落を前に徹底して“懲らしめられる”に違いない。その意味においてスウェーデンが優れているのは、決してテグネル博士一個人ということでは全くなく、その政策提言を国策として実装する政府や、それを了解できる、疫学あるいはその基礎となる科学的視点を多くの国民が所有しているからではないだろうかと思われ、故に社会システムそのものが優れているといえそうである。